単身赴任の40代|あと3ヶ月で45歳になります

札幌ライフ

40代はずっと単身赴任です

4月上旬が誕生日で、40歳になる年に札幌に単身赴任になりました。

それからもうすぐ丸5年。

40代をずっと一人暮らしで過ごしていることになります。

おじさんになって始めた一人暮らし、結婚13年目で離れ離れで暮らす生活。

この5年間がどんな生活だったのか、少し振り返ってみます。

実は、本当の一人暮らしはこれが初めてです

一人暮らしを始めたばかりの部屋。今ではすっかり荷物で溢れかえっています。

大学に進学したときに上京して親元を離れましたが、学生時代はずっと兄と一緒に住んでいました。

社会人になってからは独身寮に入り同期たちと過ごしていたので一人暮らしという感覚はあまりなく、入社1年目の冬に今の妻と一緒に暮らし始めたので実際に一人で暮らすのはこの札幌への単身赴任が初めてでした。

もともと家事はそれなりにやっていたので生活に不自由することはないですが、はじめの頃は15年以上一緒に生活してきた妻と離れての暮らしは寂しさを感じていました。

趣味が札幌の生活に合っていたので充実した日々です

最北端の地、宗谷岬へも1泊2日で行ける。ライダーにとっては夢のような世界です。

大学生の頃は自転車で旅行をするサークルに所属し、毎年夏には北海道を自転車でキャンプをしながら1ヶ月ほど旅をしていました。

そういうわけで北海道にはとても愛着があり、そこで生活できることについてはとても嬉しいサプライズでした。

異動が決まる半年前にちょうど趣味で乗っているバイクを大型バイクに乗り換えたタイミングで(そのために30代最後に大型二輪の免許を取得しました)、まるで北の大地に呼ばれるように札幌に単身赴任になったのでした。

雪がない4月〜11月上旬までは週末になるたびにバイクで出かける日々。

札幌の自宅からバイクを乗り出して30分もすれば真っ直ぐな道が広がり、一瞬で非日常の世界に飛び出していく感覚に戸惑いを覚えるくらいでした。

仕事以外の時間は自分の好きなように過ごせるので、キャンプ道具をバイクに積んでフラフラと北海道中を走り回りキャンプをするなんて、もうこんなに自由に自分の趣味を謳歌できることはこの先ないんだろうなと思いながら、いつ東京に帰っても悔いが残らないように精力的にツーリングに出ています。

冬は冬で楽しく過ごせています

単身赴任初日、今はなくなってしまったマンションの隣にあるジンギスカン屋に行ったとき、女将さんから「札幌に単身赴任で来た人は冬になると鬱病になってしまう人がいるから気をつけてね」と言われました。

私は幸い冬でも気持ちが沈むことはなく、3年目ぐらいまでは今まで経験したことのない大量の雪を楽しみ、雪山に登ったりスノーシューでハイキングに行ったり、冬ならではの景色に出会いに行きました。

もともと東京ではクルマを所有していなかったので、札幌で安い中古車を買ったので冬でも出かけるのには苦労しません。

コロナが蔓延してからは冬に遠出をすることは少なくなりましたが、それが理由というよりも筋トレを頑張るようになったので札幌を出なくても充実した日々が送れるようになりました。

妻と会うのは月に1度のペースです

北海道で見つけたお気に入りのお店。観光旅行では行かないような場所が行きつけになるのも暮らしているからこそ。

子供がいないので、月に一度のペースで帰省するか妻が遊びにきてくれます。

札幌に来てくれたときには北海道の美味しいものを食べ、ときには観光に出かけます。

「異動したのが札幌でよかったね」と言ってもらえると少し気持ちが楽になります。

共通の趣味がボルダリングなので帰省しても札幌に来ても最低1回はボルダリングジムで汗を流し、一緒にいる時は普段の減量食を忘れて食べたいものを好きなだけ食べるようにしています。

会える時間が少ないからこそ、今までよりも密度の濃い時間を過ごすことに必死です。

LINEのビデオ通話が距離感を縮めてくれます

妻と出会った20年ぐらい前は携帯電話が普及し始めたばかりで通話料も高く、長電話はなかなかできませんでした。

会社の独身寮にいた頃は平日にあまり話すことができなかったので、今よりも近い距離にいたのにずっと遠くに感じていた気がします。

技術の進歩は物理的な距離を縮めてくれるんですね。

今は顔を見て話せるし、通話料は掛からないので長電話も好きなだけできます。

LINEでメッセージを送るときにスタンプを使えば、楽しくメッセージのやりとりもできるので、はじめの数ヶ月は寂しさを感じたものの、今ではお互いにこの生活に慣れてきました。

この環境がなければ、いくら趣味が充実していたとしても単身赴任は辛いものだったと思います。

家族の緊急事態の時はとても苦労します

ある時、妻がボルダリングで足の骨を折る大怪我をしました。

私はちょうど大阪に出張中でそのまま東京に帰ったのですが、それから3ヶ月は金曜日の仕事が終わると札幌から東京に帰る日々が続きました。

怪我をしてから1ヶ月は東京に帰っても妻は入院中なので、妻の着替えを洗濯して病院にいられるだけいて、お見舞いが終わると札幌に戻りました。

退院してからは掃除、洗濯、1週間分の食事の買い出しをします。

帰省手当として1回分の飛行機代が正規料金で支給されるものの毎週帰っていたら安いチケットを買っても全然足りず、私のお小遣いはあっという間に底をついてしまいました。

お金の問題は置いておいたとしても、緊急時にすぐに家族のもとに駆け付けられないというのはとても辛いことで、いくら仕事とはいえ妻に苦労をかけていることを痛快し、情けなさを感じていました。

妻だけでなく両親や兄弟など家族が健康で無事であって欲しい、と強く感じた出来事でした。

妻に感謝が絶えない5年間です

こんな苦労をかけているにもかかわらず、妻は私のことを心配してくれます。

エアコンがない部屋で地獄のような暑さに絶えて4年間過ごしていましたが、「我慢してないでエアコン買いなさい」とエアコンを買ってくれたり、バイクツーリングでキャンプ道具を買ったりして浪費していても「札幌にいる時しかできないことなんだから」と言ってくれます。

やりたいことを好きにやらせてくれるからこそ、私自身は本当に自分がやりたいこと、欲しいものを慎重に考えて選ぶようになりました。

ダメと言われるとやりたくなる、欲しくなる気持ちが強くなりますが、「なんでもいいよ」と言われると逆にしっかり考えるようになります。

これも妻が私の性格を熟知しているからこそ、うまくコントロールするための手段でしょうか。

一緒に生活している間は妻が私をどんなふうに見ているのかよくわかりませんでしたが、私のことをよく見て考えてくれているんだなと感じました。

離れて気づく大切なもの

本当は離れなくても気づかなければいけない家族の大切さですが、離れてみるとその大切さをより一層感じます。

サラリーマンはサラリーマンなりにいろんな試練を与えられますね。

自分にとって何が一番大事なのか、肩肘張って周りと比べて自分の理想の姿を見失わないように自分にとって価値があるものがなんとなくわかってきた今日この頃です。

こうやって一人静かにパソコンを前に自分に向き合う時間があるのも単身赴任のいいところじゃないでしょうか。

これから単身赴任をする方、今単身赴任で寂しい思いをしている方、人それぞれ思うことはあるかもしれませんが、前向きに単身赴任生活が送れるといいですね。

ちょうど炊飯器で作っていた鶏ハムが出来上がったので、今回は以上にしたいと思います。

まとまりのない文章になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

何か共感できることがあれば嬉しいです。

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